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2011年6月28日 (火)

「南方仁」=「村田蔵六」?

 民放ドラマの「最後の砦」、TBS『仁』完結編が最終回を迎えた。前評判に違わぬ出来で、私も珍しく引き込まれるように見てしまった。世間の評価(この星の生物は視聴率というものを用いる)も最終回の平均視聴率が26.1%、瞬間最高視聴率が31.7%(ビデオリサーチ関東地区調べ)であるという。

 更に驚くのは、関東以外の各地でも軒並み高視聴率を記録、関西の平均視聴率は29.2%、名古屋は28.8%、札幌は28.5%と、ある種のスポーツ国際大会並の数字をたたき出しているのである。私のような中高年も観ていた。もちろん若い人にも人気があった。「歴史の修正力」というものが、最後にどのような結末をもたらすのか?固唾を飲んで観ていたことだろう。

 だが私は原作を読んでいない。映画等を見たら殆どの場合、後追いで原作にも目を通す自分には非常に珍しいケースだが、それは経験的に99%原作の方が優れているからであり、「実写化」はそれだけで陳腐化するという思い込みがあるからだ。しかし今回の『仁』はそれを越える何かを感じさせた。過去「報道とドラマのTBS」と評された「赤坂御殿」の「地デジ化」直前、最後の奇跡と讃えておこう。

 さて、全編を通して様々な立場の人が、それぞれの感想を持ったことだろう。しかし、ひねくれ者の私はあの時代に欠かせない大立者の一人である、村田蔵六(後の大村益次郎)が出てない(原作には不当とも思える程の脇役で登場するらしいが)ことに違和感を抱いた。歴史に忠実なノンフィクションではなく、劇中「パラレルワールド」の説明まで出てきたドラマでは、さして気にすることでは無いのだろうが、一方で、緒方洪庵が第一部では大きな役割を果たしたのと比べると、大きな落差を感じる。(最も当の村田蔵六はとっくに「兵学」に心を奪われ「上野戦争」でも事実上の指揮官であったが)

 一人の男がいた。

 歴史が彼を必要とした時、忽然として現れ、その使命が終わると大急ぎで去った。

 もし維新というものが正義であるとすれば
 彼の役目は、津々浦々の枯れ木にその花を咲かせて回ることであった。

 (司馬遼太郎「花神」抜粋)

 西郷も出てきた。大久保も、木戸も、勝も、佐久間象山でさえ印象的なシーンで登場した。人の権威を拝借するのは本来快しとするものではないが、上記の司馬遼太郎の村田評価は決して低くない。だとすれば、劇中の「南方仁」は最先端医療の知識ばかりではなく、現代の価値観(予防医学を重視する、傷病兵は敵味方の区別なく治療する等)を持ち合わせた「村田蔵六」だったのではないか?

 実際の村田は維新後、それまでの「武士階層」から職業軍人というアイデンティティを奪い、代わりに「農民階層」に、その役割を与えた。それが為に暗殺されるのだが、後に「富国強兵」の名のもと、帝国主義的な性格が強くなり日本は破滅に進む。そのきっかけを作ってしまった人物である。

 人物像も無口で愛想がなく、実の親でも閉口していたという変わり者。涙もろく情熱的な「南方先生」とは似ても似つかない。それでも、定評を受けて終了したミステリーの上に、更に個人的な妄想を重ねてまで、この二人を結び付けたいのは、南方仁が先端医療の知識や技術を駆使し、坂本龍馬や江戸の町民の力を借りながら、多くの奇跡を起こしていく様が、一度も教えを受けた事もないのに、吉田松陰の思想の中心を成す「草莽決起」を具現化していく村田蔵六に繋がるように思えるからである。

 南方仁=村田蔵六が維新後も生きていて、影響力を行使出来ていたなら、こう言ったかも知れない。

「御維新は失敗である。ただ西洋列強に阿り、学ぶだけでは単なる猿真似である。せっかく「四民平等」を掲げたのであれば、農民を大事にすべし。食物を作り、時に国を守り、日本(の原風景を守り)を日本たらしめているのは農民である。これを軽んじ、一見、華やかな文明の発展にばかり目を奪われれば、道を誤り国家が危うくなるは必然と心得よ。」

 いささか座興が過ぎたようである。

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